人は与えられた牌(パイ)で戦うしかないなら最初からそう言ってくれ
与えられた牌でその後の人生の5割以上は決まってしまう気がする
●生育環境(教育、運)
●才能
ここ3年くらいずっとこれに対して強く憤りある
さっき東大生が出るバラエティ見てたら、合コンのコーナーで一人の東大生が、
聞いたことある曲をすぐにピアノで再現するという技を披露してた
で女は褒めてた
でちょっとした喋り方の差異のレベルなのに妹はその東大生男をひたすらディスってて気分悪かった
いつの間にかすぐ人をリアルでディスりまくる人になったのか
一番嫌いな人種になってしまったのか
人に認められるディスられるをこういう本人の意思とは特に関係無いレベルで行われて、
女も生まれ持った顔で左右されて、
喋り方が気持ち悪いとかそういうのどうでもいいじゃん
俺は気持ち悪いとは思わなかったよ
俺はこういう異様に嫌いのラインが低い人に対しては寛容じゃないけど変な人に対しては寛容
でそのピアノがまたうまいのでした
俺も習ったことあるけどすぐ辞めたな
それは自分が嫌だったってのもあるけど、なんで俺はこういう風に育ったんだと教育に不満がある
「俺のダメ人間の個性が強くて教育ではどうにもならなかった」ということももちろんあるけど俺の家の場合はそういうことではない
なぜこういう教育が成功した人と、そうでない人に別れて、そのせいでこういうこと感じるようになってしまってるんだ
すごい当然なんだけどなんで俺はそれを当然なものとして受け入れられないのか単に頭悪いのか
ともかく自分にとって人は与えられた牌を使っていきていくしかないってことがホットトピック
ずっと強く感じる
戦争がどうこうよりも愛がどうこうよりもそっちの方が熱い
なぜ生まれ持った顔面レベルで人に褒められたりけなされたりしなくちゃいけないんだ
そう思うのは現実はそう簡単に道徳通りに行くようなもんじゃないんだってことを分かってないからだろうな
理屈では分かるけど感覚的にムカついてしまうのがどうすればいいのか
こういう日記書いて鎮まるまで待てばいいだけってのもつまらないし
で何をしたいの?
そう思うから何なの?
その答えを出してこの日記終われよせめて
これで終わるんならくだらないよ
いい加減にしてくれ自分って感じ
自分は人より「条理的であるべき」だとこだわっているのか?
「不条理な事にたいしていらだちがすごい」のか?
完璧でない世界なのに、完璧でない様を見せられたらその都度こうやって憤慨しちゃうの?
・この世界は完璧ではないから非完璧なことは起こる
・この世界は完璧ではないから非完璧な人間は存在する
・この世界は完璧でないから社会の非完璧なものでなりたっている
・例えば個々の人間の考え方、道徳、ふるまい、褒める・貶すが「非条理的」
・そして自分はそれを頭では分かりつつ、突きつけられた時に一回一回「は?」ってムカついてしまう
・これははっきり言ってただただ頭悪いのかな
・別にこういう性質を抱えて生きてもいいと思うけどそろそろそのレベル超えたいと今は思う
・じゃあそのラインを超えるにはどうしたらいい?どうしたらいい?どうしたらいい?
・何を辞めたい?
・論理的に捉えろ
・まず人が想定する「完璧な条理」という道徳ラインは、その人自身のレベルを基準にするのが人間である
・ということは原理的に、「人によって条理のライン」は違うから、やっていいこといけないことのラインもバラバラ
・だから一個人がその人の中での「完璧な条理」を他人に求めても、それを満たさない人は原理的に発生する
①そもそも人のスキルって、親と運と才能によるランダムな要素でかなり決まっちゃう
②そして人が何を許せて何を許せないかの基準って、けっこう「自分のスキルではここは超えるよな」ってとこを基準に線引きしてる
(で政府による教育や文化による風潮の力は、個人のスキルの差による基準の設定を上回る影響力は無い)
③だから結局「人が何を許せて何を許せないか」っていうラインは違って当たり前
(でも「だからすべてを許せるようになれ」ってことではない。そんな極論は実現できないと思うから)
(俺が言いたいのは「道徳のライン」とか「許せるライン」とかはそもそも断定できるものでないんだから、
そのラインを他人に強要しようとしたって無駄だってこと。自分の中で「ムカつくな」って思ってるだけならいいけど)
④そして第二の誕生までについたスキルの差ってのはもうただただ「当たり前だよね」って話で、そこは変えようが無い
それに対して毎回「怒る」のか、「いちいち怒るのも馬鹿らしいな」って思うのか、どっちか選択すればいいだけ
これでいいかな自分
ひろゆき的な考え方を想像して④書いたけどひろゆきはこんなものをそもそも考えないだろうな
いちいち怒るのもなんか違うと思ったから次のラインを探したけどこんな感じになってしまったけどこれでいいのかな
どうでもいいやもう
次思うことがあったらまた考えろバーカ
でも俺はやっぱ美人ハーフは嫌いだな
俺が嫌うくらいじゃ美人ハーフに生まれたことによるメリットは消えない
「喋ってもないのに嫌う不条理」vs「不条理な存在に不条理で接することで少しでも不条理を条理へと近づける」
自分は「喋ってもないのに見た目だけで嫌う人」というのが大嫌いだったけど、
わざとそういう行為を選択するのならばありかなと思う
性格悪いしもちろん俺はやらないだろうけど
自分は橋本徹みたいな態度だから基本的に
ムカつくからっていじわるしないし
結局どう人として人にマウンティングするかってことだよな
人にマウンティングされない自分を求めてるんだよな到達点として
死
とにかく不条理が嫌いだから自分は人に対して基本的に優しかったと同時に、
不条理を与えてきた人には堂々と不条理をお見舞いしたし悪びれもしなかった
ってところに陶酔するくらいしかできない
自己陶酔を活力に生きてんな自分
少し思うのは、文化物って嘘つきだらけで、はっきり言って悪友みたいな存在だな
馬鹿に自己陶酔というはけ口を作ってるだけじゃないのかなこれ
もうちょっと馬鹿を馬鹿じゃなくするようなものになってほしいと思うよ
良い親になろうじゃないかってのが一つ提案
大人が子供に良い教育をあげようじゃないか
子を持つ親だけじゃなく、文化を作る人達も
大人に対して「大人は~すべき」というのあるけど、
文化を売る側の人達に対しても「~すべき」というのがあってもいいな
いや「べき」とまではいかない
ただ方向性として教育者としての文化もあっていいと思っただけだ
呪術文化が残ってる民族ってめちゃくちゃ頭悪いじゃないですか
て呪術なんて子供に信じさせるのはいけない事だと思う(あってもいいけど)